笹生陽子.『ぼくらのサイテーの夏』
2008.08.21 Thursday | *OTHERS > BOOKS
もう8月下旬!あと2週間もたたないうちに9月になって、(子どもの)夏休みが終わってしまう!
というわけで、読みたい本リストもすっぽかして、『ぼくらのサイテーの夏』を読みました。さすが児童文学、読みやすいのであっという間に読めます。ここ数年文学の読書をほとんどしてなかったから、それでも数時間はかかってしまったのですが。
講談社文庫、抄録引用:
こちらも、前回読んだ『夏の庭』と同様、小学6年生の男の子たちの夏休みの話です。あ、だからアマゾンで紹介されたのかな。
『夏の庭』が、(きっと)生まれて初めて死というものに向き合った少年たちの成長が描かれた作品ならば、『ぼくらのサイテーの夏』は、「死」みたいな、そんな大きなテーマは関わってこないけれど、それでも、少しずつ、向日葵が太陽に向かってぐんぐん大きくなっていくように、心の成長を遂げていく少年たちの姿が描かれた作品なんだと思います。
さすが児童文学、どちらも「いいな」と思うような、少年たちの、あの時代独特の苦悩なんかも混ぜながら、だけどそれに立ち向かっていけるような力強くて爽やかとも思えるような姿を見ることができました。それに舞台は、どちらも小学生最後の夏休み。蝉がわんわん騒がしく鳴いてる、この時期に読みにはうってつけの作品です。
そして、児童文学だからと侮ることなかれ。もちろん、小学生とか中学生とか、そういう時期の人に読んでもらいたい作品ではありますが、やはりたいていの人は経験している小学6年生の夏休みの話。ああ、あの時自分はどんなことしてたっけ、とか、自分もなんか、今思えば笑ってしまうようなことで悩んだりしてたよなあ、とか、そんなことを思い出しながら読むことができる作品だと思います。
小難しい古典文学ではない、さらっと読める児童文学。ちょっと手の空いた時なんかに少しずつ読んだりするのにおすすめ。
これも、前に『夏の庭』に興味を持ってくれたこに教えてみようかな。
中身に関して、ネタばれも入るので、以下に。
というわけで、読みたい本リストもすっぽかして、『ぼくらのサイテーの夏』を読みました。さすが児童文学、読みやすいのであっという間に読めます。ここ数年文学の読書をほとんどしてなかったから、それでも数時間はかかってしまったのですが。
講談社文庫、抄録引用:
1学期の終業式の日、ぼくは謎の同級生、栗田に「階段落ち」の勝負で負けた。ケガをしたうえ、夏休みのプール掃除の罰まで下された。よりによって、あの栗田とふたりきりで……。サイテーの夏が始まった。
こちらも、前回読んだ『夏の庭』と同様、小学6年生の男の子たちの夏休みの話です。あ、だからアマゾンで紹介されたのかな。
『夏の庭』が、(きっと)生まれて初めて死というものに向き合った少年たちの成長が描かれた作品ならば、『ぼくらのサイテーの夏』は、「死」みたいな、そんな大きなテーマは関わってこないけれど、それでも、少しずつ、向日葵が太陽に向かってぐんぐん大きくなっていくように、心の成長を遂げていく少年たちの姿が描かれた作品なんだと思います。
さすが児童文学、どちらも「いいな」と思うような、少年たちの、あの時代独特の苦悩なんかも混ぜながら、だけどそれに立ち向かっていけるような力強くて爽やかとも思えるような姿を見ることができました。それに舞台は、どちらも小学生最後の夏休み。蝉がわんわん騒がしく鳴いてる、この時期に読みにはうってつけの作品です。
そして、児童文学だからと侮ることなかれ。もちろん、小学生とか中学生とか、そういう時期の人に読んでもらいたい作品ではありますが、やはりたいていの人は経験している小学6年生の夏休みの話。ああ、あの時自分はどんなことしてたっけ、とか、自分もなんか、今思えば笑ってしまうようなことで悩んだりしてたよなあ、とか、そんなことを思い出しながら読むことができる作品だと思います。
小難しい古典文学ではない、さらっと読める児童文学。ちょっと手の空いた時なんかに少しずつ読んだりするのにおすすめ。
これも、前に『夏の庭』に興味を持ってくれたこに教えてみようかな。
中身に関して、ネタばれも入るので、以下に。
こちらの話、『夏の庭』よりも最近の話だからか、時代を反映しているなあ、と思えるような設定がありました。
主人公の小学6年生の「桃井」には、トオルという中学2年生の兄がいます。このお兄ちゃん、いわゆる「頭のいい」小学生だったらしく、周囲の期待を一身に受けながら、有名私立中学、つまりは進学校に同じ学年からは(たぶん)たった1人だけ進学しています。
だけど、お兄ちゃんということもあるし、いろいろプレッシャーがあって我慢もしていたのでしょう。中学1年生の終わりごろから、今で言う「ひきこもり」になってしまいます。
メインはきっと小学6年生の主人公の成長の方なのでしょうが、私はこのトオル君が弟や、弟の「トモダチ」になっていく栗田、それから栗田の妹との交流を通して、少しずつ自分らしさを取り戻していく、その成長の過程を見ることができるのも嬉しい部分でした。
きっと、主人公よりも、トオルの方に共感する子って結構いるんじゃないかなあと思います。
今更になって、児童文学から学んだ言葉。引用です。
桃井のやつめ、結構深いことを言うなあ、と思いました。
自分自身、今ちょっといろいろあったりして、他の人だって十分我慢したり苦労したりしているのは分かっているはずなのに、「なんでこんなことしなきゃならないだろう、もっと自分の好きなことをしたい」なんて思ってぐちぐちしてしまうことがあります。こういうのって、結局、分かっていてもそう思わずにはいられない、ていう類のことなんじゃないかなあとは感じています。
そんな時分にこんなことを、中学1年生の桃井少年なんぞに言われてしまっては、こちらとしては「そうっすね」と頭を掻いて照れ笑いするしかありません。
うん、確かに、嫌だなあと思うことはあっても、別にそれが24時間365日、いつもやってるってわけじゃない。友達と遊んだり、どこかへ出かけたり、のんびり本を読んだりテレビを見たり、いろんなことを話したり…いろいろ楽しいことだってある人生です。
どれ、もうちょっとやってみるかと活を入れられた気分にもなりました。桃井少年、サンキュー。
主人公の小学6年生の「桃井」には、トオルという中学2年生の兄がいます。このお兄ちゃん、いわゆる「頭のいい」小学生だったらしく、周囲の期待を一身に受けながら、有名私立中学、つまりは進学校に同じ学年からは(たぶん)たった1人だけ進学しています。
だけど、お兄ちゃんということもあるし、いろいろプレッシャーがあって我慢もしていたのでしょう。中学1年生の終わりごろから、今で言う「ひきこもり」になってしまいます。
メインはきっと小学6年生の主人公の成長の方なのでしょうが、私はこのトオル君が弟や、弟の「トモダチ」になっていく栗田、それから栗田の妹との交流を通して、少しずつ自分らしさを取り戻していく、その成長の過程を見ることができるのも嬉しい部分でした。
きっと、主人公よりも、トオルの方に共感する子って結構いるんじゃないかなあと思います。
今更になって、児童文学から学んだ言葉。引用です。
…、ひとつだけ、ぼくが思うのは、人生、そんなにおもしろおかしいものでなくてもいいってことだ。たとえ、胸が苦しくなるほどいやーなことがあったとしても、ひと月のうちに2回か3回、お腹を抱えて笑えるような、ゆかいなことがあったら、それで、なんとかやっていけると思う。
笹生陽子.『ぼくらのサイテーの夏』.東京,講談社,2005,p.167.(講談社文庫)
桃井のやつめ、結構深いことを言うなあ、と思いました。
自分自身、今ちょっといろいろあったりして、他の人だって十分我慢したり苦労したりしているのは分かっているはずなのに、「なんでこんなことしなきゃならないだろう、もっと自分の好きなことをしたい」なんて思ってぐちぐちしてしまうことがあります。こういうのって、結局、分かっていてもそう思わずにはいられない、ていう類のことなんじゃないかなあとは感じています。
そんな時分にこんなことを、中学1年生の桃井少年なんぞに言われてしまっては、こちらとしては「そうっすね」と頭を掻いて照れ笑いするしかありません。
うん、確かに、嫌だなあと思うことはあっても、別にそれが24時間365日、いつもやってるってわけじゃない。友達と遊んだり、どこかへ出かけたり、のんびり本を読んだりテレビを見たり、いろんなことを話したり…いろいろ楽しいことだってある人生です。
どれ、もうちょっとやってみるかと活を入れられた気分にもなりました。桃井少年、サンキュー。






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